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大船鉾細見 下水引一番
大船鉾細見 後掛
後掛 ~紅地雲龍青海宝散文綴織~
この後掛は大船鉾の船型後部を飾るものです。個人的にこの品は大船鉾幕類懸装の中で、もっとも面白く見どころの多い稀代の一作と思っています。その面白さを皆さんと一緒に見ていけたらと思います。
まず作りは絹・金糸を用いた爪綴織で一般的に見て「紅地雲龍波濤」というデザインに入ります。しかし、メインの下り龍をこのような構図で完品とした織物をかつて見たことがありません。少し離れて見ると画面左に龍が寄っていて、右は余白のような印象を受けます。龍の顔は前掛けと同じで同一龍を狙って描いたものですが、ウロコの技法が「平櫛青海」となっており前掛けと決定的に違います。最下の青海部分では、中央の岩礁を青海波そのものが越えてしまっています(※後述)。さらに通例では中央の岩礁に向かってくる波のところを、中央を起点として外へ外へ逃げる波になっており、その波に逆らうべく龍が中央を向いています。このような辺りに反骨精神の塊のような印象をうけ、図案者が何か一言込めたかったのではないか?と感じます。
※町内の織物商さん(これらの幕のレプリカを製作なされている方です)に教えて戴き、これは俯瞰表現の1種でたまにある表現だということが判明しました。
次に、メイン龍の回りを円形に宝散らしで装飾してあります。龍を中心として1時の方角から時計回りに「玉板」「珠」「霊芝」「方勝」「丁子」「盤長」「傘」「白蓋」で龍のふところに「法螺」があります。珠は宝尽くし紋ではありません為、八宝となります。この八宝+珠で九つとなり、作者が福寿を長久希求したかと思われます。ここで気になりますのは「花輪違」ではなく「方勝」であること、「霊芝」があることです。特に霊芝は八宝といえども日本では殆ど見られないので、ひょっとしてこの幕自体が中国製か?と疑ってしまいます。
さて、この幕の面白みの最たる箇所を見てみましょう。一体この幕には生き物がいくついるでしょうか?龍が3つみえますが、実は他にもう1つ別の生き物が描かれています。画面上段左端の蝙蝠がそれです。この幕に蝙蝠がいるのは、かなり唐突な印象を受けますが、中国語で蝙蝠は「福」と同じ発音らしく、それが為、めでたい文様とされています。問題は「これを誰が入れたのか」です。この幕は調査で日本製であることが確認されています。19世紀初頭には日本でも蝙蝠文が流行ったという記録がありますが、この幕を作るに際して唐突に蝙蝠を-しかも雲間に隠して紛れ込ませるという遊びを思いついたのは誰か?四条町に渡来人がいた可能性もありますし、付近にあった平戸藩邸(外国事情に明るい)の人と親交があって「文様にこんなん入れといたら面白い!」と酒の席で盛り上がってのことかもしれませんね。ただしこの蝙蝠は他の宝紋とは区別されています。宝紋はすべて羽衣でくるまれているのに対し蝙蝠は丸裸です。まあ、蝙蝠を羽衣でくるむと「捕獲」したみたいに見えますからね。
総論としてですが、龍は「躍動」ではなく「流れ流され」という感じで雲間をゆっくりたゆたっています。珠も随分遠くにあり、それは浮き世における理想と現実の乖離をあらわしたように感じます。限界状況に嫌気がさし惰性にある龍を無理くり宝物でガードしているかのようですね。蝙蝠もあさっての方向へ飛んでいってしまい、戻って来る気配は感じられません。おまけに引き波は厄から逃れんとする脱兎を連想させ、処女のような龍と対応します。以上のことから前掛との対比観賞は最高で、「平温リビドー」とでも言うべき生の静かな躍動を含み見せイケメン龍が主張する前掛に対し、後掛は「受動的ニヒリズム」をかもし出し最終をゆく鉾の後姿を飾る幕として味のある去り方を演出します。こういう雰囲気の幕はやはりめずらしく、それだけに稀有の幕かと思いますが、なにぶんアニミズムに属する神道の国柄で天明の事象を経験したことから「自然には勝てん」と達観した挙句の一作ということにしておきましょう。後姿ということに関しては、この幕の後に緋羅紗地肉入り雲龍文の大楫がつきますので、これを引き立たせる為主張を抑えたのかもしれません。
色目ですが前掛と同じく紅花由来の紅地に金糸・色糸で龍・雲・波・宝を表現しています。蝙蝠と法螺はこげ茶or茶金、龍の火焔は薄いブルー、その他雲や岩なども殆ど青系で清涼感に満ちています。紅地の色に退色は見られますが、前掛ほど焼けてはおらずまだ色彩を残しています。これは外に出ているとき=(鉾に掛けている時)、艫屋形の下にあるため、被紫外線量が少なかったゆえと思われます。ただ、織りは前掛のほうが緻密で、後掛は傷みが目立つことが残念です。
最後に余談ですが、八百万の神々のいる日本は全国各地にさまざまな祭礼が存在します。その祭礼には数多の美術工芸幕が用いられていることでしょう。そういった幕類のレプリカ品をこしらえる事は、原品の細見調査にもつながり非常に意義の大きいことだと感じております。この記事を拝見下さった方で、祭礼幕の維持に関わられている御町でしたら是非にとお勧めしたく、勝手ながら申し上げさせていただきます。