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車輪について
囃し方を乗せて重さ10トン近くになる大船鉾は大きな4つの車輪によって動きます。人の目線にあるその巨大な車は遠路から見物に訪れた人々のド肝をぬき、帰郷されて尚、かたごころにかかるものであることでしょう。
この車輪は中心の甑(コシキ)(ケヤキ製)・矢21本(赤樫)・小羽7枚(コバ或ショウワ)(赤樫)・大羽7枚(オオバ或オオワ)(赤樫)・鉄箍5種(テツタガ)(打ち鉄)で構成されています。
甑(コシキ):中心に軸穴をあけその大幅で以って鉾の重量を車軸より受けるものです。車輪部材のなかでここだけケヤキが用いられます。理由として、直径630ミリ、幅606ミリ程度の真円を1枚材で取らなければならない為、大径木が必要でした。樫類ではそこまでの大木がないのでケヤキが用いられます。中心の芯をくりぬいたあと、軸と接する部分の両端に鉄箍をはめます。穴中央部は大きめにくりぬかれ、軸と摩擦しないよう設計されています(606ミリにわたって軸と接すると摩擦係数が大きすぎて動かすのが困難なため)。
矢(ヤ):甑から放射状に伸びる21本のスポークです。車輪の径をかせぐための部材です。この矢が3本一組で1枚の大羽にかみます。また3本セットの両端2本は小羽を貫きます。本来源氏車の部品としては傷みにくい箇所ですが、鉾の場合はつじまわしやかぶらてこでの方向修正など「横にこじる」ことが多い為、大羽の中へ入っている細い部分が傷みます。
小羽(コバ):車輪部材として最も小さい部品です。接地消耗する大羽に対し車輪中心部からの力を緩衝するための部材です。
大羽(オオバ):接地面を構成する大きな扇型の部品です。樫類の中で大径木になる赤樫を用います。さらには樹齢300年前後の木でないと木取りすることができませんため入手困難な部材とも言えます。また乾燥途中で割れが入りやすい樹種でもあります。昔は地面が地道(土を踏み固めた道)でしたので反発が柔らかく傷みもそれなりだったでしょうがアスファルトの昨今、この消耗は非常に激しくなっています。ちなみに、御池通りに地下鉄が通っていなかったころは、コンクリート製の道でした(広い御池通りは直射日光が当たり続けることで、高温により(昔の技術の)コールタールでは柔らかくなるため)。このコンクリートはアスファルトより堅く、最も車輪泣かせな道でした。
鉄箍(テツタガ):甑の星割れ(木の中心部分から放射状に入る割れ)で材がばらけてはじけ飛ぶのを防ぐため取り付けられます。昔は打ち鉄(ウチガネ)により製作されたためよくみると表面がデコボコしていますが、最近のものは機械でつくるためツルっとしたものになっています。個人的には昔のほうが苦普請の後がにじみ出て、風合いがよいと思います。
さて、こうして作られた車輪にも鉾により若干の大きさの違いがあります。また新しくなるほど大きくなる傾向です。比較的古いものでは径が約1860ミリ、最新の大きいものでは1940ミリというのが登場しています。もちろん連年の使用で磨耗しますし、また十数年に一度修理のさい、真円を取り戻すため接地面を大胆に削ります。こういったことを踏まえて、これを寸尺で割り出すと、6.2尺(約1879ミリ)・6.3尺(約1908ミリ)・6.4尺(1938ミリ)となります。大台の6、5尺(1970ミリ)・夢の6,6尺(2000ミリ)までもう一息ですね。
この車輪は鉾建てで組み込まれたとき、1年ぶりに手入れされます。古文書には「表面を拭くのはエイの油・潤滑油には種油」とあります。「エイの油=荏の油」は荏胡麻油の事で今も町屋の建具の手入れに使いますね。種油は植物由来の種子を搾り出したもので、今で言うサラダ油になります。昨今の技術的進歩で潤滑油はグリースを使うところも増えていますが、心情としては古式を守ってゆきたいと考えています。